名古屋地方裁判所 平成7年(ワ)1711号 判決 1996年4月19日
原告
万国ビル株式会社
右代表者代表取締役
浅野英夫
右訴訟代理人弁護士
石川貞行
被告
株式会社オウム
右代表者代表取締役
前嵜正廣
右訴訟代理人弁護士
服部猛夫
被告
オウム真理教
右代表者清算人
小野道久
右訴訟代理人弁護士
重国賀久
主文
一 被告らは原告に対し、別紙物件目録記載の建物を明け渡せ。
二 被告らは、原告に対し、連帯して平成八年四月一日から右建物明渡済みまで一か月金三七万六七〇〇円の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は被告らの負担とする。
四 この判決は、第一項及び第二項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 請求
主文と同旨
第二 事案の概要
本件は、原告が、被告株式会社オウム(以下「被告会社」という。)に対し、原告所有の別紙物件目録記載の建物部分(以下「本件建物部分」といい、本件建物部分を含む建物全体を「本件建物」という。)を出版事業及びヨーガ道場に使用する目的で賃貸したところ、被告会社が、本件建物部分を被告オウム真理教に無断転貸して宗教施設として使用させ、被告オウム真理教信者らによる数々の右賃貸借契約違反の行為を許容、放置しているとして、被告会社に対しては右契約解除による契約終了に基づき、被告オウム真理教に対しては所有権に基づき、両被告に対し、それぞれ本件建物部分の明渡し及び使用損害金の請求をしている事案である。
一 前提事実(末尾に証拠を挙示した事実以外の事実は当事者間に争いがない。)
1 本件契約等
(一) 原告は、本件建物を所有している。
(二) 原告は、被告会社に対し、平成元年二月二〇日、本件建物部分を次の約定にて賃貸し、これを引き渡した(甲第二号証・以下「本件契約」という。)。
(1) 賃貸借期間 平成元年二月二〇日から平成三年二月一九日まで。
ただし、右期間満了の際、当事者のいずれからも別段の意思表示がない場合は一年毎に自動更新したものとする。
(2) 賃料 一か月金二四万七〇〇〇円。
ただし、平成三年二月二〇日以降、一か月の賃料及び共益費は、それぞれ二七万一七〇〇万円と一〇万五〇〇〇円に改定された。
(3) 使用目的 ヨーガ道場及び出版事業事務所
(4) 禁止事項(一括して「本件禁止事項」という。)
① 被告会社は、原告の事前の書面による承諾なしに、本件建物部分の全部または一部を第三者に転貸し、または本件建物部分に被告会社以外の名義を表示してはならない。
② 被告会社は、原告の事前の書面による承諾なしに、本件建物部分に看板取付けその他これに類する施設を設置したり、窓に宣伝文等の表示をしてはならない。
③ 被告会社は、本件建物部分の一部を住宅代用に使用し、本件建物部分内にて寝起き等の一切の行為をしてはならない。
④ 被告会社が本件建物部分の使用目的を変更するときは、原告の承諾を得なければならない。
⑤ 原告は、何時でも本件建物部分に立ち入り賃借室及び造作等の点検をすることができ、被告会社はこれを拒否してはならない。
(5) 解除権の約定
原告は、被告会社が、右①ないし⑤の禁止事項に一つでも違反した場合には、何ら催告を要せず、本件契約を解除することができる。
2 本件契約の解除
原告は、被告会社に対し、平成七年四月二一日、本件契約を解除する旨の意思表示をした。
3 本件建物部分の占有
被告らは、本件建物部分を占有している。
4 本件契約解除時における本件建物の使用損害金は賃料と同額の一か月三七万六七〇〇円である(弁論の全趣旨)。
二 争点
1 被告会社の本件契約違反の有無(請求原因)
2 本件契約違反につき背信行為と認めるに足りない特段の事情があるか否か(抗弁)。
三 当事者の主張
1 原告の主張
(一) 被告会社の本件契約違反の事実について
被告会社は、本件契約後間もなく、原告に事前の承諾を得ることなく、無断で、(1)本件建物部分を被告オウム真理教に転貸して、これを被告会社と共に占有し、(2)本件建物部分東側(道路側)窓ガラス全面にわたって「オウム真理教名古屋支部ヨーガ道場」と大書した看板文字を貼付し、また入口ドアにも同様の記載をして賃借人たる被告会社以外の者の名義を表示し、(3)常時、被告ら関係者複数が本件建物部分を住居または宿舎代用として使用し、本件建物部分において寝起き等を継続し、(4)更に約定の使用目的に反して、しばしば本件建物部分を説法会等の集会所に使用し、多数の者を来集させ、(5)ドアの鍵を取り替え、右鍵の引渡しを拒み、本件建物部分の緊急時の立入り等を妨げるなどの契約違反の事実がある。
(二) 背信行為と認めるに足りない特段の事情の不存在について
(1) 被告らによる迷惑行為等
被告ら関係者は、右(一)記載の行為の他、本件建物外への騒音や、近隣における違法駐車、本件建物共用部分の占拠など、同ビル入居者、近隣住民への迷惑行為を繰り返しており、原告の再三の警告にもかかわらず、無視し続けている。
(2) 刑事事件・解散命令の存在等
被告ら関係者による刑事事件が全国的に多数件にのぼり、更に、被告オウム真理教に対して、殺人目的のサリン大量生成の事実を認めた解散決定が下されたり、破壊活動防止法に基づく団体規制(解散の指定)の適用のための手続が開始されるなど被告オウム真理教が反社会的組織であることが顕著となった。
(3) 右(1)、(2)が相まって、本件建物の賃借人、テナントの退去が続出し、今後とも増加する状況にあり、被告オウム真理教により事実上支配を受けている被告会社と原告との間の信頼関係が破壊され、本件契約違反につき背信行為と認めるに足りない特段の事情が存在しないことは明白である。
2 被告らの主張
(一) 被告会社の本件契約違反の事実について
原告の主張事実をすべて否認する。
(二) 背信行為と認めるに足りない特段の事情の存在について
(1) 被告会社と被告オウム真理教は、実質的に同一の団体であるから、被告オウム真理教による本件建物部分の使用は、何ら無断転貸には該らない。
(2) 本件建物部分の窓ガラスに「オウム真理教名古屋支部ヨーガ道場」の文字を貼付していることは、原告も当初から知って黙認していたものであり、また、現在では、右「真理教」の文字を外して「オウム名古屋支部ヨーガ道場」となっている。
(3) 本件建物部分においては、ヨーガ道場を二四時間体制で開放しているため、本件建物部分内で仮眠をとる職員も多いが、仮眠のために、本件建物に増改築を加えてはおらず、あくまでも建物の構造自体はヨーガ道場の形態のままであるのだから、原告に対し、何ら損害を与えるものではない。
(4) 本件建物部分において、月に一度程度、被告オウム真理教の信者を集めて説法会を開催したとしても、ヨーガ道場としての使用形態の範囲内であり、右説法会も数年前からは全く行われていない。
第三 判断
(本件判断中の書証で成立に関する記載のないものは、すべて成立に争いがないか、原告代表者尋問の結果により成立の認められたものである。)
(一) 被告会社の本件契約違反の事実
甲第五号証の一ないし三、第六号証、第七号証の一、二、第八、第九号証、第一〇号証の一、二、第一一号証の一ないし一四、第二二号証、原告代表者尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、(1)被告会社は、本件契約後まもなく、原告に無断で、本件建物部分を被告オウム真理教にその宗教施設としても使用させ、本件建物部分の道路側窓ガラスに「オウム真理教名古屋支部ヨーガ道場」という文字を貼付したこと、(2)本件建物部分において、常時被告オウム真理教信者、関係者多数が宿泊し、更には本件建物所在地に住民票を置いている信者も相当数いたこと、(3)本件建物部分において、被告オウム真理教主催の説法会がしばしば開かれていたことの各事実を認めることができ、これらの各事実は、明らかに本件禁止事項に触れるものであるから、被告会社に本件契約違反の事実のあったことは優にこれを認めることができる。
(二) 背信行為と認めるに足りない特段の事情の不存在について
本件全証拠を子細に検討しても、右(一)で認定した本件契約違反行為につき背信行為と認めるに足りない特段の事情を認めることはできない。
かえって、被告オウム真理教に対して宗教法人法八一条一項一号及び二号前段所定の解散事由の存在を認めた解散命令(東京地方裁判所平成七年チ第四号等・平成七年一〇月三〇日決定)、同解散命令に対する抗告審決定(東京高等裁判所平成七年ラ第一三三一号・平成七年一二月一九日決定)及び同解散命令に対する特別抗告審決定(最高裁判所平成八年ク第八号・平成八年一月三〇日決定)が存在し、右特別抗告審決定(最高裁判所平成八年(ク)第八号・平成八年一月三〇日決定)が、その理由中で、同被告の代表役員であった松本智津夫及びその指示を受けた多数の幹部が、大量殺人を目的として毒ガスであるサリンを大量に生成することを計画した上、多数の信者を動員し、同被告の物的施設を利用し、同被告の資金を投入して、計画的、組織的にサリンを生成したとの原審認定の事実を前提に、被告オウム真理教が、法令に違反して著しく公共の福祉を害し、かつ、宗教団体の目的を著しく逸脱した行為をしたことは明らかであると判断していること(甲第三六号証)からすれば、被告会社が本件建物部分を被告オウム真理教の宗教施設として使用させたことだけでも、原告と被告会社との間の信頼関係が破壊され、本件契約違反につき背信行為と認めるに足りない特段の事情が存在しないことを認めるに十分であるから、被告らの抗弁は理由がない。
第四 結論
以上の検討によれば、原告が、被告会社に対しては、本件契約解除による原状回復としての本件建物部分の明渡請求権を、被告オウム真理教に対しては、所有権に基づく本件建物部分の明渡請求権を有し、かつ被告ら各自に対し、本件契約解除の後である平成八年四月一日から本件建物部分の明渡済みまで前記使用損害金の支払請求権をそれぞれ有することが認められ、これらの権利行使を否定すべき理由も認められないのであるから、本訴請求はすべて理由がある。よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官柄夛貞介 裁判官髙橋裕 裁判官作原れい子)
別紙物件目録<省略>
別紙万国ビル3階平面図<省略>